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函館の夜・・・フフフッ、なんだか演歌のタイトルみたい。
でも、今日は函館の夜の出来事を話すので"函館の夜"でよいのだ(笑) 函館に出掛ける前、本棚をガサゴソしてた時にインドネシア語の会話ブックがポロッと出てきたのだけど、持ってこなかった事を函館で後悔する事になるなんて・・・。 ![]() しかし8時過ぎとあってか、どの店も程よく賑わってて一人で入れそうな店が見付からない・・・。大門横丁は諦めて別のお店にしようっかな、と思いながら通り掛かったラーメン屋さんの店内を覗くとお客さんはオジサン3人だけ。観光地、女一人でラーメンをすする姿はさぞ哀愁漂うであろう・・・と、躊躇したが仕方がない。 塩ラーメンを注文して待つ事数分、新たなお客さんが現れた。 彼は外国人。メニューの中から味噌ラーメンを指して「これ、ちょうだい」といった感じにアイコンタクト。その味噌ラーメンは辛さを選べるらしい。 皆で力を合わせ、ドゥー ユー ライク スパイス?だの、ベリ ホット オッケー?だの問いかけるが彼は首を傾げるだけ。 ん~、英語はダメなんだ・・・と感じてたところ、彼から出た言葉は ・・・プロム インドネシア・・・ インドネシア?そうだ懐かしいイネ英語だ(笑) そして、インドネシア人なら辛い方がいいよ、とオジサンの一人がフォロー。 そのオジサンは出張等でインドネシアに何度も行ったらしい。 私も負けじとバリ好きである事を主張。 暫しラーメン屋でバリ談義に花を咲かせた。 老若男女、見知らぬ者同士、一つの話で盛り上がる。これぞ理想の屋台の図。 しかも函館でバリ話で盛り上がるなんて、このラーメン屋に入った甲斐があったというものだ。 私の隣に座った彼にもバリが好きである事を知ってもらう為、知る限りのイネ語を披露しようと試みたが、心の準備が出来ていなかったので全く浮かんでこない。 本番に弱いタイプである事を痛感した(笑) せめてデジカメにバリの写真が残っていないものか?と調べてみたが既に台北の写真しか残ってない。苦し紛れにやっと浮かんできた言葉は・・・ ![]() "ジュリ"(7月)にバリに行った、ラーメンを指して"イニ ミークワ(これは汁そばです)"とか、"スラマッマラム(こんばんは)"唐辛子を片手にジャパニーズ"サンバル(辛味調味料)"とか、"ナマ サヤ miyo(私の名前はmiyoです)"に"エナッ(美味しい)"など手当たり次第、支離滅裂に話してみた。 彼はその度に一瞬考えては、うん、うん、と頷いてくれた(笑) 自分なりの大サービスを捧げ、ラーメンを食べ終えた私は最後に"サンペジュンパ"と手を振り、一足先にラーメン屋を後にした。興奮のあまりラーメンの味は覚えてない。 大門横丁の中で今、少しばかりでもインドネシア語を知っているのは私以外にいないかもしれない。そう思うと、このラーメン屋を選んだ彼もラッキーだったに違いない。 その自信はどこからくるのか我ながら不思議だったが、何かを成し遂げた達成感に、鼻歌交じりにホテルへ戻る私であった。(自己満足ともいう)
さてと・・・
これまで見切り発信しながらコッソリ温めてきたこのブログ。 写真アップ等の練習も終了したところで(笑)思い切って今日から世に送り出す事にしました。気まま更新となりますが・・・ 改めて、皆様どうぞ宜しくお願いします! 今日は最も新しい"旅"写真をアップすることにしようかな? 先々週、用事があって今年三度目の函館に行ってきたのでその写真を少し。 函館便はいつも割りと空いているのに、今回は早目に手配したにもかかわらず希望の便は満席。どうしたものかと驚いていると・・・そうだった、10月末の道南は紅葉のピーク。 到着した函館空港から函館市内に向かう車窓からも、その気配は充分すぎるほど感じ取れる。折角なので時間をつくって函館の秋を満喫する事にしよう・・・。 そういえば紅葉を観る事を目的に出掛けるなんて何年ぶりだろう? まずは小さい頃遊びに行った思い出もある大沼公園へ。 もっと天気が良ければ青空に紅葉が映えるだろうな~。残念。 ![]() 北国ではこの時期になると白い小さ~い虫が漂うのだけど、この虫が飛び始めると初雪が近い証拠。なんだかロマンチックな感じもするけど、実際には目に入ってきたり、服につくと汚れちゃったり・・・と、厄介だったりして(笑) そして、私の大好きな元町も綺麗な紅葉が・・・。 ナナカマドが真っ赤な秋色に染まる景色に、やっぱり来て良かったなぁ・・・。感動。 ![]()
中学3年、秋。
春の運動会の傷も癒えないままに秋の運動会がやってきた。 もう絶対にリレーには出ない。そう固く誓った私。 なのに・・・それでも悲劇はやってくる。 その悲劇は"飴食い二人三脚"という競技で起こった。 私と組んだAちゃんはドジなタイプ。(私に言われるのは心外だろうが) やけに張り切ってる姿に嫌な予感はあったものの、無事に粉の中から飴玉を拾い出し、最後の二人三脚でゴールを目指した。 あと数メートル・・・そこで意識がなくなった。 バランスを崩したAちゃんが私の方へ倒れてきたのだ。 足を結ばれてるため何の抵抗も出来ぬまま真横に転倒してしまった私。 軽く脳震盪があったらしく数秒間倒れたままだったらしい。 目を開けた瞬間の光景は、心配して駆け寄ってきた方々が覗き込んでいる顔の輪。 飴食いの粉で真っ白になった顔で倒れてるなんて間抜けだわ(笑) テヘヘッと笑いながら立ち上がろうとした瞬間・・・激痛が左肩に走った。 ・・・私の肩が大変な事になってしまった・・・。 こんな一大事だというのに校長先生より景品を受け取るようにとの指示。何しろ痛いので片手で受け取ると「両手でっ」と叱られる。 素直な私は激痛を堪えノートとえんぴつ数本を両手で受け取り、校長の満足そうな笑顔を見届けた後、保健室へと直行した。 何しろ一大事なので顔を洗ってる場合ではない。背に腹は変えられぬ。 結局「脱臼かも」という事になり救急病院へ。 粉だらけの顔でうな垂れてる患者の姿を見れば一大事である事は容易に察する事ができるであろう。すぐさまレントゲンを撮ると、診断は"鎖骨骨折"であった。 実は前々からクラスメイトが足や腕を骨折してギプスしている姿って、なんだか選ばれし者だけに与えられた勇姿に見え、嫉妬にも似た感情を抱いていた私。 この度"骨折"という診断を聞き、いいよいよ私にもそのチャンスが巡ってきた・・・と、若干顔が緩んだのは言うまでもない(笑) しかし場所が場所なだけに石膏で固める事はできない。 与えられたスタイルはといえば、肩を固定する為に"バンドのようなものを巻きつける"といった、実に妙で不恰好な状態だった。 しかも柔な固定なので動作の度に肩が動いてしまう。 特に寝起きの際はただならぬ激痛で、これなら座ったまま寝た方がマシかも、と思った程だ。そして週に一度の検診では骨をグイグイ調整され、あまりにもの痛さに顔面蒼白。毎度、車イスでベッドに運ばれ点滴・・・という有様。 憧れてたはずの骨折も、私のような間抜けなヤツの場合、勇姿とは程遠い姿になってしまうという事を思い知った。 中学3年の乙女の秋は、そんなミジメな姿で日々を過ごすのであった。 良い子の皆さーん。 決してヨコシマな考えで"骨折したい"なんて思ってはなりませぬぞ。
運動会シーズン(そろそろ季節はずれ?)になると思い出すあの場面"たち"・・・。
運動会の思い出といえばイヤな事ばかり。全くもってロクな事がない(笑) 最悪だったのは中学3年の春、秋の運動会だ。 春。 何故かリレーの選手に選ばれてしまった。 そのリレーとは、各学年の男女一名ずつが代表となり・・・つまり6名で競うリレー。 運動会の最終種目でチームの勝敗を左右する非常に緊迫した種目である。 なんで?私はお世辞にも足が早いとはいえない。 100メートル走は一度だけゴールのテープを切った記憶があるが、後にも先にもその一度だけ。そんな程度の私。なのに選手。これはイジメだ。 何故そんなイジメにあったかというと、単にたまたま私より足の速い人がいなかったから。他のチームはといえば市の大会に出場するような俊足選手揃い。 ムリッ!ムリムリムリムリムリッ・・・・・・・。 勿論即座に断る。すると、私が出場しないならリレーを棄権するしかないという。 "棄権"という言葉を聞き、私の"責任感"の強さが仇となった(笑) 「ならば・・・出ますよぅ・・・」と、思ってもない言葉を口走ってしまった。 (そーいえば、水泳大会でも同じ場面あったなー。あの時は背泳ぎだったっけ・・・) こうなれば最下位でバトンを渡される事を祈るのみ。幸い私のチームには"俊足"と呼ばれるような選手はいなく、可能性はゼロではない。 さて、本番。 私へのバトンは予想に反して、願いも空しくビリから二番目・・・。あぁ・・・。 仕方ない、溜息交じりにバトンを受け取り走る。猛ダッシュだ。 そんな私の横を風と共にビリチーム"だった"選手が走り抜けた。あっという間に遠い背中。チームの「あぁ・・・」という落胆の声が聞こえてくる。 やはり出るんじゃなかった、後悔先に立たず。 アンカーへとバトンを繋ぎ、気付けばグランドの真ん中で呆然と立ってた私。 そんな私に更なる悲劇が待っていた。 呆然と、恐らく半泣き状態で佇んでいた私を可哀相に思ったのであろう。 クラス担任(男)が、あろうことか私をガシッと抱きしめた。 グランドの真ん中、全学年、しかも親も見てる前だというのに、なんとハレンチな。 青春ドラマじゃあるまいし、勘弁してほしい。 その後、クラス中の笑い者になったのはいうまでもない。 ちなみに、家族の目撃談によると私の走りは信じられない程遅かったらしい。 ふんっ、娘の苦しみも知らないで、大きなお世話だ。 続く・・・。
この季節、何処からともなく漂うあの香り・・・
我が家へ辿り着く最終コーナーまであと100メートル、ここが一番キツイ(笑) 何かというと・・・私を悩ますキンモクセイの香りのこと。 あの甘ったるいモワ~ッとした香りが、んも~、とにかく大嫌いで・・・。 >最終コーナーまであと100メートル そこに大きなキンモクセイがあるので、我が家に帰るには避けて通れない難関。 でもご近所では「いい香り」として喜ばれている。(内心ホントかい?と疑ってるが) 友達数人にもインタビューしてみたが皆一様に「いい香り」という。 世間では「いい香り」と位置づけられてるのなら私が我慢するほかあるまい。 数年前の秋 ところでキンモクセイって香りの存在ばかりが大きすぎて、肝心の正体ってどんなんだった?私・・・知らないかも・・・・。そんな疑問が浮上した。 ・・・調べた。これで怖いものはない。 知ると知らぬではこんなにも違うのね~。 ![]() 良くみりゃ、近所の花も随分枯れてきているではないか。この苦しみもあと少しってものよ。 日々花観察に余念のない私。 しかし、皮肉にもこの香りに感謝しなくてはならない事が判明した。 なんと、キンモクセイの香りは"蝶"が嫌う香りを放出しているという。なんてこったい。 私が一番嫌いな蝶の忌避作用があるなんて・・・。あの大嫌いなキンモクセイの香りが? 長所と短所は背中合わせ・・・妙にシックリくるではないか。 キンモクセイを横目に複雑な気分の今日この頃。
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